« 宇土夕景 | トップページ | 『安野光雅の絵本展』 »

2011年10月24日 (月)

新たな世界への一歩と30億年後の未来

私達が、今こうして存在しているとは
どういうことなのであろうか。
そうしたことに思考をめぐらす時
私の頭に浮かんでくるのは
三木成夫氏の名著「胎児の世界」である。
私達は、母のお腹の中で
壮大なドラマを経て今を生きているのだ。

母なる海に生命が発生したのは
今から30億年以上も前。
原始の無脊椎動物
おたまじゃくしのように海中を浮遊していた。
いまを去る4億8000万年前の古生代シルリア紀の海に
最初の脊椎動物が姿を現す。
肺魚と呼ばれる鰓と肺を併せ持った
水陸両生の生物が出てきたのが3億年前。
そして、30億年以上の長きにわたる水の生活に別れを告げる
記念すべき「脊椎動物の上陸」ということになる。

そうした生物進化と酷似した一連の流れが
母胎のなかで繰り返されるのだ。
そう、わずか十月十日の羊水の中で
30億年以上の時のうつろいが・・・。

羊水は「古代海水」である。
そして、その海の世界から陸の世界への上陸とともに
「産声」という記念すべき第一声が発せられる。

私達には、日々新たな世界へと挑戦しようとする気分がある。
小さなドブ川に泳ぐ小魚を見つめて
三木成夫氏がつぶやく
野見山暁治著『いつも今日』より。
注:記憶で書いているため正確ではない)。

「ほら、見てみろ。
新たな世界へ踏み出す勇気を持ち合わせていなかったやつらは
こんなに惨めな所で過ごさなければならない」

私達は、のっぴきならない状況であったとはいえ
海から陸にあがるという
誠に困難な道を選択した子孫である。
よって、新たなものへの渇望は至極当然なことなのであり
生き延びるために必要不可欠であったことからも
本能に近い現象なのではないかと思う。

気持ちが赴く方向に
思い切って、ただ一歩踏み出せばいいのだ。
30億年後の未来の子孫は、その一歩を
今か今かと固唾を呑んで見守っているかもしれない。
淡き眩暈を感じながら・・・

| |

« 宇土夕景 | トップページ | 『安野光雅の絵本展』 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 新たな世界への一歩と30億年後の未来:

« 宇土夕景 | トップページ | 『安野光雅の絵本展』 »