建築

2021年7月13日 (火)

【メディア掲載】小学館 DIME(ダイム) 8月号

所さんの雑誌『Daytona(デイトナ)』に引き続き(詳細はこちら)、小学館から出版されている『DIME(ダイム) 8月号』に弊社の小屋がとり上げられました。
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コロナウイルスの影響でしょうね、弊社にもタイニーハウスや小屋等の離れについての問い合わせが多い昨今です。

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2021年2月25日 (木)

西日本シティ銀行本店と学生時代

僕の大学時代(20年ほど前ですが)、もうすでに安藤忠雄さんは確固たる名声を築き日本のみならず世界で活躍していた。今に置き換えるなら飛ぶ鳥を落とす勢いの隈研吾さんと言った感じだろうか。学生に限らず一部の教授までが安藤語録の「ゲリラ的に」というフレーズを繰り返し口にしていた記憶がある。僕は天邪鬼のきらいがあるので、大学入って皆が髪を染めだしたりタバコを吸いだしたり髭をたくわえたりしだすと、なんかカッコ悪いからあの流れには乗りたくないなと思っていた。だから周りが安藤忠雄派になっていくのを見て、皆が安藤なら僕は磯崎と考えるようになったのも自然だった気がする。磯崎新さんはどちらかと言うと僕らより上の世代に人気の建築家で、僕ら世代ではあまり流行っていなかった。また、安藤さんと同じく「世界的!」だし、大分出身で九州に代表作が数多く建っているので手軽に実作に触れられ、その点中央の建築学生に対し地の利があるということが磯崎を選択した理由と言えば言えるか。
余暇を持て余していた学生時代は、毎日と言っていいほどよく街を散策していた。磯崎さんの難解な(建築畑では磯崎新の理論武装と言われるぐらい)本を買って読んでは、その言葉と実作を重ねることを繰り返していた。断絶、転写、反転、切断、梱包、ルドゥの柱などなど磯崎語録てんこ盛りのシティ銀行本店、色鮮やかな内部空間が目に焼きついているシティ銀行大分支店、あの薄暗いヴォールト天井が連続してのびる空間に、マリリンモンローのヌードを象った曲線(磯崎語録ではモンローカーブ)が取ってつけたようにあらわれる北九州市立中央図書館、アルミダイキャストの2本の四角柱が、山に突き刺さるように浮かぶ北九州市立美術館、正面入り口アルコーブには、偽の扉が並び配されていた冗談のような建築 秀巧社ビル…。
西日本シティ銀行本店の取り壊しが決まり、見納めに行かねばとの思いで去年の9月久しぶりに訪れた。低層部にはすでに足場が組まれていたが、まだ建物全体を見ることができた。西日本シティ銀行本店(僕の学生時代は福岡シティ銀行、建築時は福岡相互銀行)は1971年に第一期が竣工、1983年に第二期の増築がなされている。増築部には磯崎さんらしい表現で、赤い外壁にベージュの帯が入れられているので一目で分かる。駅前広場からの眺めは鮮やかな色のインド砂岩をまとった壁(磯崎語録ではシティウォール)がドーンとそびえたち、どことなくアジア的なにおいがした。
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日本のどこに行っても同じような駅前空間が広がる中で、九州の玄関口 博多駅を出て眼前に現れる独特の壁は、九州の建築学生としてどことなく誇らしかった。そして、こんなに自由で(今では潤沢な建築資金があってこその話と分かるが)まるでアートのような個人的表現をしてもいいんだと夢をふくらませた。
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あれから何十年!ときみまろのセリフではないが、建築実務を通して違う見方も少しずつできるようになった。水を吸いやすく外壁に使用するにはデメリットも多い砂岩(しかも汚れやすい割肌。特に日当たりの悪い壁に生えた黒カビを、足場を立てて洗浄しているところを何度か目にした)と目立たないように奥に追いやられて水切の役目を果たしていない笠木、これでもかと出入りの多い凸凹の外観、本当に機能的に成立していたのかと思ってしまうピストルのようなかたちの設備スペース、大通りに面して開口の少ない閉鎖的な表情と、それに伴い生じていたであろうオフィス環境の弊害、白大理石を板目で使用したマッシブでカッコイイ正面入口は、極端に幅が狭く出入りしているお客さんを見かけたことがなかった…等々、管理している銀行側、仕事をしているスタッフの立場からは言いたいことが数多あったであろう。
だから建て直しけっこう、今までよく我慢して使いこなしてくださいました…とは素直に言えないんだな。僕の学生時代の懐かしいにおい、思い出がもうたどれなくなってしまうのかと。建築が壊されると物理的なものが失わるだけでなく、そのものについた個人的な過去のつながりも同時になくなってしまうのだから。

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2021年2月 8日 (月)

繰り返し見ること

自分のアンテナにビビッときたものは繰り返し見に行くようにしています。見に行くごとにその印象は変わります。物理的にモノ自体は変化していないので、足を運ぶたびに印象が変わって見えるのは、見ている本人が変わっているからでしょう。自らの気持ちがその時々で変化し、注目するところ、見て感じる印象、それに付随して広がる思考の軌跡が違ってくるからだろう(読書も同じで再読するたびに新たな発見がありますよね)。逆にこの変化を感じられなくなっているときは要注意で、自分が成長にしろ退化にしろ変わっていない証拠ですから、あなた少し考えた方がいいですよとその対象物から諭されていると考えた方がいい。何度も来ているから飽きちゃったなぁなどと言うことは自らが変化している限り起こりえないことなのだから。
僕が繰り返し見に行っている建築、佐世保の親和銀行本店及び懐霄館(かいしょうかん)を見に行ってきました。2月5日が白井氏の誕生日なので、僕の中では白井晟一誕生祭の一環ですね。たまたま僕の誕生日と同じなのですが、建築界のゴッドファーザーと誕生日が同じってだけで意味もなくうれしくなりますね。言わずと知れた白井晟一氏の代表作の一つで、現在の名称は合併により十八親和銀行となっています。1967年の第一期から1969年に第二期、そして1975年に第三期の懐霄館と長きにわたって築かれた大作です。
今回も自転車による建築ツーリングでルートはこんな感じ↓
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ウルグアイ産黒御影の本磨き 目地無しで仕上げられた筒壁の上に、イラン産白トラバーチン(現在は仕上げが変わっていますが)の本磨きの彫刻的な量塊がキャンチで持ち上げられています。
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隠れてしまっていますが、こちらはのぼれない階段として有名な白御影の袖壁に彫り込まれた装飾の階段です。幅400、踏面290
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のぼった先は(繰り返しますがのぼれません)露台になっていて建物と一体となった時計があります。
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第二期時は営業室へと続く入口でした。観音開きの扉になっていますが、元は白井建築でおなじみの円銅製グリル扉の引分け戸でした。
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彫刻のような濃密なディテールの厚い壁に埋め込まれる入口。
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こちらは軒裏のトラバーチンに穿たれたダウンライト。誰もマネできない(こんな図面引いて現場に渡したら何考えてんだ!って怒られるか誰も口きいてくれなくなるでしょう)美しいRの面取りがされています。鷺宮の住宅の解体前の見学会でも見ましたが、2階子供室のダウンライトが同じ納め方でした。
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本店裏側にある第三期の懐霄館ファサード。ごつごつとした重厚感の塊のような外壁は、諫早砂岩の割肌仕上げ野積み。石の厚さは100~150㎜もあります。
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そこに埋まるように挿入された赤御影 本磨き仕上げのポーチ。
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側面にはリズミカルに穿たれた開口部。
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1時間ほど歩き回っていただろうか。白井建築を体験した後にいつも感じる満腹感と疲労感。この頭がクラクラするような感じはいったい何なのだろう。

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2021年1月22日 (金)

スクラップブック

インターネットがあっという間に広がり、TVの代わりにユーチューブ、読書は紙の本ではなくタブレットで、電話は使わずライン通話、知らない言葉はググる…等々が当たり前になった世の中。ある意味、かなり便利で僕もその恩恵に大いに与っているわけだが、そうは言ってももう40過ぎの昭和な人間。辞書を引く機会は減ったが、腰を据えて調べたいときには新明解、新明解で物足りなければ広辞苑、広辞苑を補いたいときは類語辞典と辞書を引くことだってあるし、NHKのドキュメンタリー番組は好きだし、読書は紙の本じゃなくっちゃ物語の世界に引き込まれてゆくあの感覚が味わえない。
っで今回のお題のスクラップブックの話、紙の情報をファイリングする話に。
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ネットで興味ある記事があれば、お気に入りにしとけばいつでもどこでもアクセスできストックできるわけだけど、そこは昭和人間。プリントアウトして紙の上の文字を追うプロセスを経なければ何だか内容が頭に入ってこないんだなぁ~。
その他、建築見学会の際にいただいた資料や、
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雑誌や本のもう一度、いや何度でも参考にするであろうディテール記事、
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家具をセルフメイドしたときのメモやスケッチ、
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それから身の周りのものの採寸、
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ネットサーフィンでたまたま見つけた情報等々、
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建築に少しでもかかわりがあり、しかも自分アンテナにビビッときたありとあらゆる情報は、縮尺を調整したり書き込みするなどして整理したうえでこのスクラップブックに綴じられることになる。
建築、特に建築の設計においては、勉強で言うところの予習(情報を取り込み自分の頭の中で予め反芻しておくこと)がとても大事だと考えているので、もうかれこれ20年近く続けているスクラップブック、ファイリングなのであります(月日の経つのは早いものですねぇ…

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2021年1月17日 (日)

小屋のメンテ 柿渋を塗る

以前から、もうそろそろ塗り直さないとなと気になっていた入口扉に柿渋を塗りました。
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やはり庇から離れるにつれて色が薄くなっているのが分かりますよね。このことからもほんのちょっとした庇の出でも、あるのとないのとでは経年劣化に大きな違いが出てくるのが分かりますね。特にボックスシルエットの建物には、庇をつけたくないという設計者の気持ちが分からないではないのですが、そこをいかに違和感なく庇を設けるかが腕の見せ所。ここでは扉の高さを庇いっぱいまで立ち上げ、上枠を省略して内外部のつながりに見切が出ないように納めています。
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下部をアップするとこんな感じ↑ 雨かかりの他に紫外線の影響も大ですね。
さて、まだ前に使った塗料が余っていたよなと引き出しを見ると柿渋の残がありました。うん、ちょうどいいぐらいに余っているようです。っがしかし‼容器に出してみると↓
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ドロドロ…。ゼリー状になってこれじゃ使えませんね~。残るともったいないので今度は小サイズを購入。たった250mlで1,500円弱もする、柿渋はけっこういい値段します。
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まずはざっと掃除をして、塗り1回目は2倍希釈で。柿渋は粘度が低く塗りムラが出にくいので、誰でも簡単きれいに仕上げられます。1回目を塗り終わった時点で思いのほか塗料の減りが少なかったため、塗り2回目は原液で。はい、柿渋2回塗り終わり↓
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柿渋は徐々に色が濃くなっていく性質があるので、塗ってすぐは気持ち薄いかなぐらいでやめておくと、最終的にちょうどいい色合いになります。
まだ塗料が残っていたので、ついでに庇にも↓
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これまでいいことばかり書いてきましたが、柿渋は原料の渋柿を発酵させて作られているから臭いがねぇ…1~2週間ほど我慢しないと。よって、臭いに敏感な方には無臭柿渋という改良品をおすすめします。

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2021年1月 9日 (土)

年が明けたら雪雪雪

鳥栖は一昨日夜ぐらいから本格的に雪が降り始め昨日で3センチ前後、今は15センチほど積もっている。そして今もしんしんと降り続けている。
個人的には建物を見るときは、積雪時の方がその骨格があらわになって好きなのだが、やはり生活するのには何かと不便ですよね。まず何より寒い、靴が濡れる、運動ができない、車が渋滞する等々。

明日は20センチぐらいになっているのかな。まあ、これぐらいの積雪量で大騒ぎしている九州人、秋田をはじめ災害級の大雪に見舞われている方々に一笑に付されそうですが…

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2020年11月26日 (木)

新入り パートⅡ

ちょうど一月前に新入りが入ったばかりでしたが、また新しい仲間が入ってきました。来るもの拒まず去る者追わずで、グッと迫ってくるものを感じたら透かさず勧誘します。ところでそんなに仲間増やしてスペースはあるのですか?と問われると、そこは厳しいジャッジが入りましてレギュラー落ちがでてくるわけで、今回は一名去っていただきました。
グッとくるものとか勧誘だとか言って何の話をしてるのかと言いますと、新しい椅子を入手したよとこういうわけでして(初めからそう言えよってね)。
デザイン界の大御所 フィリップ・スタルクのデザイン、カルテル社のマスターズです。
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フィリップ・スタルクとは誰ぞや?とお思いの方、ほら、いまや東京観光名所の一つとなっている隅田川沿いにある『金のウンコ』(正式名はスーパードライホール)をデザインした人ですよ。ピンときたでしょ。
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マスターズは「巨匠たちの凄いところ、ぜんぶ入ってます byスタルク」とのコンセプトで、椅子を裏返すと上からヤコブセンのセブンチェア、イームズのシェルチェア、サーリネンのチューリップチェアのアウトラインをオーバーレイさせて一番下のマスターズになったよと図示されています。
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っとなると実際に並べてみたくなりますよね。フムフム…
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そしていつもの一連の儀式、スケッチして測る。
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立ったり座ったりして座りごこちを試してみると、ぱっと見かたち優先のように見えますが、座りごこちは背もたれがいい塩梅に身体を包み込みなかなかのものです。ただ欲を言うと、座り疲れしてきて体幹が不安定になってくると背もたれ側への荷重が大きくなり、それによってお尻が前に滑るような感覚が若干ありますね(あくまでも個人的な感想ですが)。セブンチェアやシェルチェアのように背もたれが荷重で適度にたわまない構造のため、背もたれにかかった力の反力でお尻が前に押し出されてしまうのです。よってお尻のスイートスポットのSH460をあと5mmほど下げてより窪ませ、身体の重心がより安定するように改善するといいのではと思いました。まぁいずれにしろ、かたちがカッコイイからすべて許しますけどね(結局そこかいっ!)。

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2020年11月18日 (水)

島めぐり 加部島(呼子町)

呼子の加部島を自転車でぶらりしてきました。加部島は好きな島のひとつなので、車ではかなりの回数遊びに来ていますがサイクリングでは初めてだったはず、たぶん。
朝8時ごろ鳥栖を発ってお昼に呼子大橋に到着。
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荷物はなるべく少なくしたいため、サイクリングジャージのバックポケットと自転車のボトルケージに無理やりパッキング。ロングライドする時はまずは何より荷物を少なくすることが鉄則です(もちろん予備チューブ等の必需品は持って行かなきゃダメですよ)。
加部島漁港にはひときわ大きな建物、田島神社が鎮座まします。
なんども来島していると言ったくせに、横を通るだけできちんと見に行ったことはないんですけどね…。
九州で最も古くからある神社らしいので、今度こそはきちんと見に行かねば。
この佇まいがカッコイイですよね。
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島の北端、加部島展望台です。牛たちが放牧され、のんびりと草を食んでいます。めっちゃ贅沢なロケーションでしょ。右がクジラ漁が盛んだった小川島で左のが加唐島です。呼子の中心街には鯨組主の中尾家が保存公開されているので、興味のある方はぜひ行ってみてください。バッタリ床几があったり、建築としてもおもしろいです。
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小さな島なので自転車だと簡単に一周できます。
ほとんどがこのような赤土の畑が広がる風景でホント癒されますよ。
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こちらは僕の中では『ジブリの坂』と名付けていますが、グーグルマップには『加部島の一本道』と見たまんまの表記がされていますね。皆さん、車やバイクを止めて記念撮影しています。自転車で走ると最高に気持ちいい道です。写真見ただけで伝わるでしょ、この気持ち良さ。
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昼ごはんが遅くなってしまったので、加部島を出て呼子の中心街の方へ。僕は観光地化された所の店より地元の人が行くような大衆食堂が好みなので、こちら『たからや』へ。
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こちらはたまたま見つけた店でしたが大当たりでした。婆ちゃんが一人で切り盛りされていましたが、元祖ちゃんぽんのような昔ながらの味で、シャキシャキ食感を残したたっぷりの野菜がおいしかった~。あの料理の鉄人 道場六三郎さんのサインがあったり、寅さんの撮影中にお昼を食べに渥美清さんが来ていたりと、その外観からは想像もできないような(失礼!)大物の方々がここのちゃんぽんを食べに来ているのです。呼子に来たらここはマストですね。
再び美しい呼子大橋を見納めに戻ってきたら帰途につきます。
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唐津青翔高校を過ぎて、ちょっと行ったところの204号沿いにカッコイイ建物発見。この足元の石積みといい板張りの古び具合といいそのプロポーションといい、かぁ~、カッコ良すぎでしょ。ひとしきり行ったり来たりしました。
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っで最後はまたまた鳥栖まであと40キロのところで、こんなものがタイヤに刺さって…
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不幸中の幸いで裏返すとこんな感じで風化して短くなっていたので、そのまんまチューブ交換することなく鳥栖まで帰れましたけどね。やっぱり一晩放置していたらスローパンクで空気がすべて抜けていました。
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最近パンクが続きますなぁ~。
今回のルートはこんな感じでした。
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2020年11月 3日 (火)

由布院の隈建築

九州に住んでることもあって由布院へは何度も遊びに行っている。学生の頃は主に建築を見に行っていた(あっ、今もあんま変わってないか)。今はなき由布院美術館(設計:象設計集団)に末田美術館(設計:原広司)、あとは磯崎新さんの改札がなくて有名な由布院駅、その横に後にできた坂茂さんの情報センター、環 設計工房の玉の湯とまぁ上げればいろいろあります。ただ有名どころでまだ見ていないものがあり、それが今回の目的地 隈研吾さん設計 COMICO ART MUSEUM。
今回もいつものように自転車での建築ツーリングです。朝8時に出発。途中、この間の大雨による被害状況を見るために天ケ瀬温泉街に。
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現地を見るとその凄まじさがよく分かります。当然ながら、店も閉めているところが多いです。まだまだ元通りになるには時間が必要だなこれは。
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跡形もなくなった橋、想像をはるかに超えた自然の力…。
ちょうど正午に由布院に着きました。児童公園の向こうに見える建物が今回の目的地です。
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通常営業時はガイド付きらしいのですが、コロナ禍の今は入場制限及び1時間の時間制限付きになっています。
まずは原研哉さんのロゴがお出迎え。
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次の入場時間まで30分ほどあったので、周りをぐるりと散策。建物の外壁は焼杉ですが塀は塗装のようですね。
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内部はアーティストごとにスペースが割り当てられています。ギャラリーⅠは村上隆さんのスペース。
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各スペースは、一度外に出てからそれぞれアプローチするかたちになっています。
透明ガラスを通して向こう側、水盤を挟んで次のギャラリーが見えます。
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そしてギャラリーⅡへのアプローチはこのような軒下空間です。隈研吾さんのにおいがしますよね。根津美術館とオーバーラップします。
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鉄骨の垂木に木毛セメント板の軒裏。焼杉のランダム巾の外壁。
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ギャラリーⅡは杉本博司さんの海景シリーズが展示されています。この写真だと水盤が分かりやすいですね。ルーバーの下を通して外から水と光を導いてきています。
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ギャラリーⅡを出て次は2階へ。段板を斜めに加工して薄く見せる。
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手すりもこの通り薄く、白い壁と相まって軽く軽く。
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階段上がってすぐのピクチャーウィンドウ。
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壁・天井共に水紋和紙貼りの通路を進むと、
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パッとひらけてラウンジに。
屋上庭園には奈良美智さんのYour Dog、背景には雄大な由布岳。
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ラウンジはもう少しディスプレイをにぎやかにした方がいいかな。見た感じスッキリとしているが少し寂しい印象。
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美術館を出て14時過ぎに帰途に。山越えしないといけないので暗くなる前に帰りたい。そう思いながら走っていたのだが、玖珠町の金毘羅うどんで遅い昼食をとって走り出したところ後輪がパンクしていた。こんな時に限ってトラブルんだよな、まだ鳥栖まで70kmちょっとあるっていうのに~!でもパンク程度では慌てませんよ。予備のチューブと携帯ポンプ持参ですから、ちょちょいのちょいでチューブ交換できるんだもん。備えあれば患いなし、なんくるないさぁ~と再び走り出す。15分ほど経ったころだろうか、なんかおかしいぞ…まさかの再パンク!!ちゃんとタイヤをチェックして予備チューブに交換したつもりだったのに甘かったか。どうにかして近くの駅までたどり着かねば。パンクしているタイヤに空気を足して重心を前輪の方に乗せながら慎重に走る。あぁ~良かった、天ケ瀬駅が見えた、助かった~!!薄暗くなった空を見上げてホッと安堵のため息。
電車の時間まで1時間ちょっとあったので、駅前の足湯で温まる。ホント駅までたどり着けて良かったよ~。
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ゆふいんの森号でホットコーヒーと焼きドーナツを食べながら車窓の風景を眺める。ハァハァゼェゼェと息上げて山越えするところがたった1時間で鳥栖着。やっぱ輪行は楽だわ。
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帰宅後、パンクの犯人捜し。やはり、こちらにいらっしゃいました。
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2020年10月26日 (月)

針生送信所がすごかった

針生送信所を近くで見てみたいと思いロードバイクで一走りしてきました。西海橋にはもう何度も行っていますが、送信所の塔を遠くから眺めるだけで近くで見たことはありませんでした。
マップも何も頭に入っているのでとりあえずいつもの西海橋まで。昼過ぎごろ到着。
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この日は秋晴れで日向はポカポカでしたが、風がひんやりとして首にはバフを一日中巻いていました。まぁ少し肌寒いぐらいがサイクリング日和ですけど。
そして西海橋に来たらしばしば寄る漁村 伊ノ浦郷へ。ここから眺める西海橋がまた格別なのです。でもあまり皆さん知らないのかな?釣り人はいるが観光客の姿は見かけません。確かに車で行くにはかなり細い道を通らないといけないからなぁ。そうそう言い忘れていましたが西海橋が重要文化財に指定されたそうです。確かにこの構造美は何度来ても見飽きませんね。
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針生送信所もきれいに見えます。漁船越しの塔ってのもまたいいでしょ。
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伊ノ浦郷を30分ほど散策していよいよ今回の目的地、送信所へ。
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近くで見ると当たり前と言えば当たり前ですがデカい!!自転車といっしょに見るとその巨大さがよく分かりますよね。高さ約136mです。
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驚くことは築100年経てこの美しさだってこと。しかも潮風にさらされてですよ。ここまで美しいコンクリート見たのは初めてかも。
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とにかく何度も言いますが、コンクリートの肌が美しい!繰り返し手のひらをスリスリペタペタしてきました。いやぁ~、これには驚きました。
大正7年に着工され3年半後の大正11年春に初めの1本目が完成しています。当時の佐世保は艦船を係留する岸壁などをつくっていたこともあり、コンクリート構造の高い技術を有していたとのこと。かなり丁寧に施工された模様ですがそれにしてもの出来栄えです。それにくらべて時代は下った今日のコンクリートは…。やはりモノは手間をかけた分だけということでしょうね。
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っということで今回は鳥栖ー針生送信所 往復207kmでした。
針生送信所は観光地としてはあまりメジャーじゃありませんが、あのコンクリート構造物は一見の価値ありです。特に土木・建築やってる人には特におススメです。
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